top of page

「ありふれた臨床」研究会のご紹介

 私たち心理士は、日々、それぞれの現場でそれぞれの仕事をしています。個人面接もあれば、集団でのケアもあるでしょうし、心理判定や組織のマネジメントという仕事もあるでしょう。それぞれの現場にはそれぞれの社会的要請があり、地域の特性があり、そして臨床の知があるはずです。

 これらの多くが臨床心理学のテキストや論文において言葉にされていません。私たちの学問は密室で行われる個人心理療法に焦点を当てがちで、現場の都合で融通無碍に運用される心理的援助をうまく語ることができずにきたからです。この日常的に行っているローカルな実践を――統制化された手続きを踏む特殊な○○療法などではないという意味で――「ありふれた臨床」と呼びたいと思います。

 

 本研究会は、各々の現場で実践している「ありふれた臨床」を語るための言葉を作り出すことを目的としています。身体的には宿っている臨床の知を、言葉にすること。それは臨床を力強くします。自分が何をしているのかが明晰になることは、専門家としての私たちを支えてくれます。それだけではありません。臨床の知が言葉になると、それを他者に伝えることができるようになります。心理職同士はもちろん、他職種の同僚、地域のステークホルダー、そして社会へと言葉は伝播していきます。それが本や論文という形をとることもあるでしょう。

 

 このとき、私たちが導入したいのが「社会的視点」です。これを東畑は「臨床心理学の社会論的転回」(東畑、2020,2022)と呼んで、理論的な探求を続けてきました。それは様々な心理的支援を心理学理論だけではなく、社会的な枠組みからも理解することを目論む方法論です。そこでは、心理学の様々な理論のみならず、社会学や人類学、哲学や経済学など様々な隣接領域の視座も援用するのが特長です。

 例えば、『居るのはつらいよ』(東畑、2019)では、一心理士が体験したデイケア臨床での居心地悪さから出発し、「新自由主義社会」という文脈に載せることによって、「ケア」の意義を再発見しました。これは、具体的な臨床経験の記述を社会論的転回の視点から考察し、最終的により一般化された理論(ケア理論およびセラピー理論)を提示したと要約できます。

 

 本研究会ではこれらの社会的視点を導入したありふれた臨床のための理論、研究法、技法を講義によって示したいと思います。そのような道具を得て、津々浦々で実施されている「ありふれた臨床」の社会的な文脈を明らかにし、参加者が新しい言葉を作りだすことができればと思います。この点で一般的な研修会で行われているような、実践の改善や修正を目論むことではなく、既に行っている実践を異なる視座から照らし直し、新たな「問い」を生み出すことを目指すのが本研究の基本的な姿勢です。

 

 加えて、本研究会では、そのような学問的目標だけでなく、それを下支えするコミュニティ機能の提供も目指しています。心理職の仕事はなかなか目に見えて数値化できるような結果を生み出すことはできません。すると、「自分のやっていることは本当に意味があるのだろうか」という思いをいだくことも稀ではないでしょう。

そうした状況を、ひとりで生き延びることは難しいものです。仕事の意義を他者から認められ、承認されることがぜひとも必要です。しかし、実際には心理職は横のつながりに乏しく、孤立しがちであるという現状があります。

 各回後のアフタートーク、オープンセミナー(とその後の懇親会)やグループチャットなどで、そうしたつながりのプラットフォームになれればと思っています。

通年の研究会は、毎月第四金曜日の20時~22時に行っています。

​ 2024年度の募集は終了していますが、2025年度の募集の際にはこのHP上でお知らせいたします。

bottom of page